茶匠.jp

HOME > 茶匠.jpとは?

茶匠.jpとは?

一杯のお茶で味わう至極のひととき。
そんな一瞬の味わいを丹念に創り出す「茶匠」。

お茶の匠、茶匠。一般に茶葉を見極める鑑定力、茶葉と茶葉をかけあわせることで新たな味を引き出すそのブレンド力をもって匠、と称されることが多いようです。

しかしここ茶匠.jpでは、茶葉を慈しみ成長を見守る生産農家から、鮮度高く茶葉を加工し緑茶の味を引き出す製茶加工者・茶師、茶葉を選りすぐりときには茶葉をかけあわせ新たな味を創り出す茶商・茶師まで、みなさんに喜んでいただけるおいしいお茶づくりに欠かせないお茶づくりの専門家を「茶匠」とし、確かなよりよいお茶を紹介するお茶屋さんを含めた一連の専門家の方々を茶匠.jpを通じゆるやかに繋いでいけたらと思っています。

そして毎日お茶を淹れお茶を飲むひとときを愉しむ方々こそ、お茶をよく知る「茶匠」と言えるのではないかと思っています。そんなお茶を美味しく召し上がっている方々同士で、またお茶を知る専門家も交えて、毎日いただくお茶だからこそのこだわりポイントやちょっとしたお茶に関する疑問を投げかけあったり、味わいあるお茶をめぐってわいわいやりとりができたり…、そんな中からまたお茶の愉しみが広がっていくような場になっていければ、と願うばかりです。

茶匠.jpは、茶葉の栽培からブレンドまでお茶の専門家が揃い、お茶に秘められた味わい深さに関心を持つ誰もが集う場です。

安らぎの一瞬、語らいのひととき、至高の時間、そんなかけがえのない瞬間をもたらす一杯のお茶を茶匠.jpで探し、あるいは一緒に創り出してみませんか。

藤枝の歴史

玉露の三大産地岡部を有する、 歴史ある茶業の集積地、藤枝

日本の歴史をひもとくと、その伝来は平安の時代(805年以降)と言われていますが、お茶の発祥ともなれば紀元前にまで遡ることができます。広く日本でお茶が広まったのは栄西禅師が『喫茶養生記』を著し「茶は養生の仙薬なり、妙齢の妙術なり」とお茶の効用を勧めてからと言われ、1264年には静岡の安倍川上流に自生のお茶が存在したとの記録が『茶説集成』に残されています。

お茶は時の権力者が自らの名声と権威を誇るがために、あるいは歴史的決断を下す究極の研ぎ澄まされた精神境地に誘う場にと用いられながらも江戸時代には全国各地へ普及していきました。江戸時代中期には、中国伝来の釜煎り製法だけでなく日本独自の煎茶の製法が創始されます。更に江戸後期、鎖国から転じ開国後、海外貿易で珍重されたのは生糸と並んで日本茶で、開国を迫ったペリーの来日から3年後には静岡茶の売上は国内売りの8倍余りになっていたと言われます。

日本茶の好況で茶価は高騰し各地での茶園造成が盛んになっていくと共に売り手市場となったため、貿易商は全国の生産地へ出向いて取引を求めるようになりました。こうして藤枝の地にも取引関係者が集まるようになり、この頃から、藤枝の北部山間地などの茶農家が交通の便のよい藤枝宿に拠点を持つようになっていくとともに関連茶業者が急増していきます。藤枝は茶葉の生産地であり集散地として隆盛を極めていきました。

全国の茶産地が輸出の活況に沸くなか、藤枝の茶業者の最大の強みは、優れた手揉み技術をもった茶師であり、また機械メーカーの協力により緑茶・紅茶・玉緑茶の研究が可能であったという製茶研究場を茶業組合で備え、製茶技術の取得を可能にしたことにありました。研究場からは、技術に改良を加え独自の手法を編み出し各々が流派確立にまで至る優れた茶師らが続々と輩出され、その技術は全国茶産地で指導者として活躍する者が幾人も出てくるほどでした。

世界的な金融恐慌、二度の世界大戦を経た混迷の後、昭和28年(1953年)、明治から昭和にかけて杉山彦三郎氏により選抜改良されてきた品種が「やぶきた」として登録され育成が奨励されるようになりました。やぶきたは、香り滋味のバランスに優れており高額取引され、しかも地域適応性が高く収量の面、また寒さや病害にも強かったために、またたく間に全国に広がりました。いまや全国の茶面積の約4分の3を「やぶきた」が占めているまでになっています。いわば「やぶきた」は、稲作における「こしひかり」のような存在と言えるかもしれません。

藤枝のお茶は、瀬戸川、葉梨川などの清流沿いに広がる豊かな土壌で育てられ「香りの藤枝」と評されてきた一方、全国的にやぶきた一辺倒の茶葉生産にあって個性的な茶産地としての発信力もまた高めていければと地域一体となって新しい銘茶づくりにも挑んでいきました。そこで試行錯誤の末誕生したのが「藤枝かおり」です。品種改良の末、昭和55年(1980年)に品種登録された花のようなかぐわしい香りを持つ品種「藤かおり」の香りを更に引き立たせるべく生葉を日干しする萎調作業を行うなど、茶葉づくりから摘採時期、製茶加工にいたるまでこだわり抜いた逸品です。シナモンやニッキのような甘い香りと、「ジャスミン香」のような香りの華やかさ、そして「やぶきた」よりも濃厚な滋味が特徴です。

 時代と共に人々の生活様式は変わり行きますが、そのなかで変わらないお茶の美味しさ、そしてまた新たに求められていくお茶を見据え、茶葉の生産者から加工者まで歴史ある藤枝茶業の担い手がこれからも試行錯誤しながらこだわりの茶葉をお届けするべく歴史を紡いでいいきます。

静岡県最古とされ今から300年程前に種が蒔かれたといわれる在来種の茶樹。代々茶樹は平口家で守られ、今も御歳98歳の平口猛志氏の手によって大事に育てられている。毎年新茶は手摘みされ製茶、市内の高齢者施設などに贈られている。
ookubo.jpg

明治32年(1899年)、清水港の開港を機に茶の海外輸出の中心が横浜から清水に移ったのを受け、直接貿易輸出を狙う藤枝製茶貿易会社が創設された。出資者のなかには神戸の貿易商もあり画期的構想だったという。拝見場と広大な荷受場、再製加工場、荷造保管場が備わった近代的工場だった。会社は残念ながら揮わず大正10年頃解散し土地も売却整理されたが、釘を使わない木軸組みで建てられた会社建物は今もそのままに姿を残す。
bouekikan.JPG

・鬼瓦に刻まれた藤枝貿易社のマーク、☆に茶の文字。
onigawara.JPG

江戸時代に整備された東海道にある53の宿場「東海道53次」のうち、江戸より数えて22番目の宿場町にあたる。田中藩の城下町として、また塩の産地であった田沼意次の所領相良に通じる田沼街道や、高根白山神社への参道高根街道・瀬戸谷街道などの交通の要所として栄える。
fujieda_53.jpg
歌川広重『東海道五十三次・藤枝』

▼藤枝茶業覚え (第50回全国お茶まつり記念、平成8年発行)
茶史からひもとかれる藤枝の茶業、手揉茶の技術とその伝承、藤枝市農協から顧みる藤枝市の茶業の歴史、そして昭和15年に発行された『志太郡茶業組合大綱』が復刻掲載されている。
book_1.JPG

▼手揉茶(第50回全国お茶まつり記念、平成8年発行)
寛政10年(1798年)、坂本藤吉氏により宇治より製茶師を招き伝習所を開設、品質向上に成功、地域の茶葉の世評も高まった藤枝の手揉茶。明治になり急速に手揉み茶の技術が進歩するも技術習得に宇治をはじめとした近畿地方から茶師を招いて指導を仰ぎ、明治20年から30年にかけては指導を受けた技法に更に改良を加えた製茶技術を持つ者が流派を続々と確立、県外へも指導に招かれるほどになる。手揉茶の歴史と、製法、そして藤枝の手揉茶の伝承者についてまとめられた一冊。
book_2.JPG


メンバーログイン

Eメール
パスワード

茶匠.jpにメンバー登録すると...

新着アイデアやコメントを投稿できたり、モニタープレゼントに応募できます。

login_btn_member.gif

事業者/小売店の皆様へ

お茶占い

私たちが作っています!




WINK